スケッチブック6


 今更なのだが、出たんである(6月に・・・)。

小箱とたん『スケッチブック6』マッグガーデン


 小生はかつて美術部のブチョーさんだったことがあるが、この「(主に)4コマ漫画」が美術部を舞台としていると言うこともあり、いろいろ懐かしく楽しい。なによりも、生物(特に虫)ネタがちょいちょい出てきて素晴らしい。





 本巻ではオオクモヘリカメムシの話題が登場する。一時「青リンゴのにおいがするカメムシ」として有名になったカメムシである。
 嗅覚はかなり主観の優先する感覚であるが、オオクモヘリカメムシに限らず、いいにおいのカメムシは結構いるんである。例えば、キバラヘリカメムシやツノアオカメムシはミカンのような香りがするし、ツチカメムシのそれはシナモンのようである。
 においの話はともかく、上のイラストのモデルは、この漫画の登場人物の一人で栗原渚(栗原先輩)。美術部の生物担当。もちろん小生の一番のお気に入りである。カメムシはオオクモヘリカメムシではないけれど、同じくヘリカメムシ科のホオズキカメムシ。いずれも北海道には分布しない。


(この記事は前身のブログからの継続記事になっている。こちらが軌道に乗れば削除する予定であるが、一応こちら。戻ってくるときはブラウザのBackをご利用あれ)

クギヌキハサミムシ



 ハサミムシというのも面白い昆虫である。
 写真はクギヌキハサミムシForficula scudderiという。オスである。オスのハサミにはクワガタムシの大顎のように個体変異があり、もっと短いハサミのものもいる。
 このクギヌキハサミムシは、大型のハサミムシで、発達したオスのハサミがかっこいい。体長は3センチほど。
 雑食性で、植物はもちろん、アブラムシなんかも食べるようだ。蛾の幼虫なども捕食し、かつては養蚕業の害虫とされていたこともあるという。


 ハサミムシ類もマイナー昆虫のひとつである。夜行性種が多く、落ち葉の下や石の下などに隠れていることが多いので、人目に付かず、一般にも認知度が低い。実はよく観察して歩くと、花や葉の上にいたりしてなれれば見つけるのは難しくないのであるが。色味が地味な種類が多いのも、原因のひとつかもしれない。
 特徴的なハサミを除いて地味な外見のハサミムシ類であるが、メス親が卵の保護をするという、生態的な面白さがある。幼虫を防衛した母親はやがて力尽き、最後の勤めとしてその身体は幼虫たちの糧となる。自然の驚くべき能率主義か。
 世界には千数百種類もいるというが、日本にいるのは20種前後程度。


 ハサミムシのことを英語ではearwigと言うが、これはこの虫が人間の耳の中に侵入して悪さをするという迷信から来たものである。ハサミの故か、なにやらおっかない虫に見えたのであろう。
 その印象は洋の東西を問わず、『和漢三才図会』に、中国の博物書『本草綱目』や兵書『武編』にはハサミムシの毒にあたったときの対処法が記されている、ということが紹介されている。『本草綱目啓蒙』の小野蘭山先生は慎重で、『本草綱目』にある「蠖[虫叟]という虫は、ハサミムシのようだけれど、ハサミムシは人の害になるということを聞いたことが無いのではっきり断定することができない」、と記している。


(撮影:2009年8月8日:円山)

ジグモ


 たまには昆虫以外のお話をしよう。
 と言って書くのが蜘蛛の話題なのだから、いい加減にしろと言われるかもしれない。もちろんいい加減になんかしないのである。


 蜘蛛というグループも、なかなかの嫌われ者であるが、他の嫌われ者たちと同様に、感情的で理屈に合わない嫌われ方をしている生き物である。蜘蛛のことを考えれば、人間の好き嫌いが必ずしも有益無益と関係していないことがよくわかる。
 クモは、蛛形綱(クモ綱)に属する生物グループのひとつである。蛛形綱には他に、サソリ目、サソリモドキ目、ダニ目、ザトウムシ目など化石種を含めると16の目から構成されている。
 世界で4万種近くが確認されているクモ目は、日本に57科約1200種が知られており、新種も続々と発見されていると言う。極めて大きな生物グループである。
 クモをその生活型からグルーピングすると、

  • 地上を徘徊して獲物を捕らえる「徘徊性」
  • クモの巣を作って獲物を待ち伏せる「造網性」
  • 地中に作った巣で獲物を待ち伏せる「地中性」

 に分けることが一般的である。
 この中で地中性のクモは、日本国内ではほんの10種類程度のマイノリティーである。
 一般的なイメージのクモである造網性のクモは全体の6割を占め、残り約4割が徘徊性だそうだ。



 その地中性のクモの一種をここに挙げる。ピンが甘いのはご容赦いただきたい。
 藻岩山周辺の市街地で発見したものであるが、一種異様、きわめて存在感が強かったので強く記憶に残っている。「クモが世界で最も美しい生き物(のひとつ)だ」と本気で思っている小生であるが、その思いを新たにした出会いの瞬間であった。
 地中性クモの一種ジグモAtypus karschiである。
 細長い袋状の巣を作ると言うが、この時はなぜか地上を徘徊していて、巣を見ることは叶わなかった。
 後で知ったことだが、ジグモは寿命が4〜5年もあるらしい。持って帰って飼育を試みればよかったとひどく後悔したものである。


(この項の多くは日高隆敏監修『日本動物大百科8昆虫I』平凡社、1996年を参考にしている)
(撮影:2008年7月12日:藻岩山山麓市街地)

テンサイカスミカメ


 カメムシにも天才がいる。
 その名もずばりテンサイカスミカメOrthotylus (Melanotrichus) flavosparsus (C. R. Sahlberg, 1841)。
 世には様々の才能があって、その能力の発揮するところは人間に限らない。
 昆虫にも天才はいるのだ。
 つまらない冗談はもうよそう。もって生まれた才能のことを「天賦の才」などというが、実のところただ生きている、それだけで必要且十分の天賦の才に恵まれているといえるのではないか。勝手な尺度を各々で持ち寄って、能力の多少を云々する生物は人間くらいであって、生き物たちはそれぞれがプロフェッショナルであり、天才である。そうでないものは慈悲深く淘汰されるわけであるが、巨大な社会を形成し、思考や感情といった能力を発達させることで生き残ってきた人間は、淘汰されるはずの個体をも温存することで種内の多様性を保持し続けてきたようにも思える。かくいう小生は典型的な淘汰される組であるが、こうして安穏と生活させてもらって感謝の念でいっぱいである。
 閑話休題
 カメムシの天才の話であった。
 テンサイはテンサイでも、甜菜のほうである。ビートたけしのほうである。
 植物食性のカメムシは、それぞれが様々な植物に寄生して暮らしているが、このカスミカメムシはテンサイをはじめとするアカザ科の植物に依存して生活している。
 もっとも身近なところでは、河川敷などによく生えているアカザから得られる。幼虫も成虫もおおむね葉裏に定位していることが多い。涼しげな白い斑紋が、アカザ類の模様とよくマッチしており、その小ささとあいまってなかなか見つけにくい。体長は4ミリを超えない程度である。
 写真は2009年7月27日に豊平川の河川敷、東雁来の周辺で撮影したものである。まだ若虫である。

ミズギワカメムシ類

 カメムシにはメジャーになれないグループがたくさんある。
 小さすぎたり、採集が難しかったり、地味すぎたり、そしてなにより情報が少なすぎたりといった理由で、普段省みられないグループである。
 今回のミズギワカメムシ科(Saldidae)も、そんなマイナーグループの一つである。それも、先にあげたマイナーになる理由のすべてを兼ね備えたすばらしいグループである。情報が極めて少なく、遺憾ながら、ここにも碌な情報を書き出すことが出来ない。今のところは。
 であるにもかかわらず、あえて取り上げるのは、先日この仲間を採ってしまったからである。実にすばらしい体験であった。
 2009年8月4日。豊平川河川敷の東雁来辺で、川辺からかなり遠い仮舗装の道路上で、成虫を1個体と多数の幼虫を発見した。
 水際とはいえない環境であったが、道路にはうっすらとドブ臭さが染み付いていたので、降雨の際などは水辺様の環境になるのかもしれない。もっとも、ミズギワカメムシという名称のわりに、乾燥した環境で暮らす種類もいるらしく、ともかくも正体の解明が最優先である(今回は結論が出ないので悪しからず)。
 そこでまずは、北海道に産するとされるミズギワカメムシ類について調べてみた。



北海道に産するミズギワカメムシ
和名学名
モンシロミズギワカメムシChartoscirta elegantula longicornis (Jakovlev, 1882)
ヒラタミズギワカメムシSalda littoralis (Linnaeus, 1758)
オオミズギワカメムシSalda kiritshenkoi Cobben, 1985
マダラオオミズギワカメムシTeloleuca kusnezowi Lindberg, 1934
ミズギワカメムシSaldula saltatoria (Linnaeus, 1758)
モンキツヤミズギワカメムシSaldula nobilis (Horvath, 1884)
ウスイロミズギワカメムシSaldula pallipes (Linnaeus, 1794)
エゾミズギワカメムシSaldula recticollis (Horvath, 1899)
ホシミズギワカメムシSaldula kurentzovi Vinokurov, 1979
ヒメウスイロミズギワカメムシSaldura palustris (Douglas, 1874)



 これに先ごろ北海道に分布していることがわかったチャモンミズギワカメムシSalda sahlbergi Reuter, 1875を加えて、これまでのところ11種類が確認されているということになる。
 このリストを元に、調査を進めていくことになるだろう。まずはノーマルらしきミズギワカメムシあたりからはじめて見ようか。

 つづく(?)

マダラガガンボ


 ただでさえカメムシ好きということで変な目で見られるだろうに、さらにこんなことを言うと構ってもらえなくなる可能性があるが、もともとあんまり相手にしてもらえないので、気にせず言うのである。
 カメムシと違い、別段勉強しているというわけでも、標本を集めているというわけでもないのだが、ちょっと気になるグループがもうひとつある。
 それが双翅目。ハエ、カ、アブなどの仲間だ。
 中でも特に気になるのはムシヒキアブの仲間で、これは少し採集したりもしているが、今回登場するのは別の種類である。


 野山で見かけると無意味にテンションがあがる、そいつの名はマダラガガンボTipula coquilletiガガンボ類で最大級の、見栄えのする昆虫である。実のところ、双翅初心者の小生には、写真の個体が本当はダイミョウガガンボPedicia daimioかもしれないという不安があったりするのだが。
 とにかくその存在感たるや只者ではない。幼虫は渓流の石の下で生活し、植物の根などの腐食質や動物の死骸などを食べて成長する(と偉そう言っても、実際に見たことがあるわけではない)。成虫は短命で摂食活動もあまり活発ではないという。


 どうもガガンボというやつは、実像とは乖離して無闇と嫌われている感じがある。カに似ていて、それよりも大きく、更に脚が長いのが原因であろう。
 そもそもガガンボという名称は、「蚊の母」をあらわす「かがんぼ」の転訛したものである。昔の人にとっても、ガガンボはカに似た昆虫であったのだ。方言には「カノオバ」なんて名称もある。ちなみに英語圏では、「Daddy long leg(あしながおじさん)」という素敵な名前を頂戴している。但し、この名称はザトウムシ類にも使用されることがあるので要注意である。ガガンボだけを指す名称としては「Crane fly」があるが、このcraneが重機のクレーンなのか鶴なのかはよくわからない。
 そのルックスのほかにも、彼らの光に集まってくる習性がある。人の眼に触れやすいというのも問題を大きくしているに違いない。


 最後に、誤解されがちであるが、ガガンボ類に吸血性のものはいない。だからといってこの形状に嫌悪感を覚える人間にとっては、マダラガガンボは悪夢以外の何ものでもないだろうけれど。


(撮影:2009年8月11日:手稲山

ハラビロマキバサシガメ


 カメムシが好きだなどと公言していると、様々な質問を受けることがある。
 カメムシって何を食べてるんですか? というのも典型的な質問の一つ。
 都会に暮らすものにとって、カメムシとは秋になると家に侵入してくる(あるいは洗濯物に紛れ込む)厄介者のイメージが強いのだ。生息地での生態は案外知られていないもののようである。
 明快な回答をすることが出来ればいいのだけれど、しかし相手は多様性の宝庫カメムシである。実に様々なものを餌としているのだ。正確さを期すれば期するほど、回答が長くなって、本当は話をあわせただけで大して知りたくもない当の質問者にとって、好ましからざる長広舌につながりかねない。
 もっとも一般的なカメムシのイメージにだけ焦点を当てれば、「様々な植物を食しておる」とだけ答えてあげるのが大人の対応かもしれない。
 しかし事実は複雑怪奇。キノコや菌類を食するものもいれば、肉食性で他の昆虫を捕食するものもあり、果ては人間をはじめとする恒温動物の血液を餌とするやつまでいるのである。カメムシだってイロイロ、なんである。


 肉食は、カメムシにとって比較的一般的な性質であるといえる。むしろはじめは肉食が主で、植物食が後から広がったとする系統発生学的研究もあるようだ。いずれにせよ現在も過半数の科で、カメムシは肉食性であるし、植物食者だとされる種が肉食をすることもある。且つ又植物食と肉食の区分けが不分明なものも中にはいたりする。
 具体的にグループ名を挙げると、水棲半翅類のほとんどは肉食性であるし、カメムシ最大の科であるカスミカメムシ類も多くはそうである。大型で顕著なサシガメ科、小型で農業害虫の駆除にも使用されるハナカメムシ科、典型的なカメムシ形なのに鋭いナイフを懐に隠したクチブトカメムシ科などなど。


 その中で、小〜中型で、地味ゆえにスポットの当たりにくいグループがある。今回登場するハラビロマキバサシガメが所属するマキバサシガメ科である。
 マキバサシガメ科Nabidaeは、和名がまた紛らわしいのであるが、長い間サシガメ科Reduviidaeと混同されてきた。実は科としての歴史は古く19世紀に遡るのではあるが、外見の類似はより強く見るものに訴えかけるものである。
 この両者の区別点についても、例外が多くて明確な答えを出すことは難しい。サシガメ科にある口吻を受ける形の前胸腹板の溝が、マキバサシガメ科にはない、と言っても多くの人には何のことやらである。
 そんな微妙な立ち位置のマキバサシガメ科であるが、英名はDamsel Bugs(乙女カメムシ)というちょっとかわいい名前がついている。中国語もこれに従って姫カメムシとしている。


 さて、そんな乙女なカメムシに腹が広いは失礼であるが、ハラビロマキバサシガメである。本種は北海道でもっとも一般的且大型でよく目立つマキバサシガメである。学名はHimacerus apterus (Fabricius, 1798)。
 大きさは1センチちょっと。ガの幼虫などを捕食するため、よく草本や樹木の葉上に定位しているのを見かける。札幌の近郊で言えば、円山の、動物園に続く木道に設置された木柵の上を見て歩けば容易に発見することが出来るだろう。豊平川の河川敷などでも、カワヤナギの葉やセイタカアワダチソウなどにいるのをよく見かける。
 写真でもわかるとおり、このマキバサシガメは、成虫になっても翅が短い(短翅型という)。ここでは触れないが、翅の長短が同種間でみられる翅多型性は、カメムシの興味深いトピックスの一つで、マキバサシガメ科では一般的な現象である。尚、ごく稀に翅の長いものも現れるというが、小生は未見である。

(撮影:2009年7月30日:円山)