ハラビロマキバサシガメ


 カメムシが好きだなどと公言していると、様々な質問を受けることがある。
 カメムシって何を食べてるんですか? というのも典型的な質問の一つ。
 都会に暮らすものにとって、カメムシとは秋になると家に侵入してくる(あるいは洗濯物に紛れ込む)厄介者のイメージが強いのだ。生息地での生態は案外知られていないもののようである。
 明快な回答をすることが出来ればいいのだけれど、しかし相手は多様性の宝庫カメムシである。実に様々なものを餌としているのだ。正確さを期すれば期するほど、回答が長くなって、本当は話をあわせただけで大して知りたくもない当の質問者にとって、好ましからざる長広舌につながりかねない。
 もっとも一般的なカメムシのイメージにだけ焦点を当てれば、「様々な植物を食しておる」とだけ答えてあげるのが大人の対応かもしれない。
 しかし事実は複雑怪奇。キノコや菌類を食するものもいれば、肉食性で他の昆虫を捕食するものもあり、果ては人間をはじめとする恒温動物の血液を餌とするやつまでいるのである。カメムシだってイロイロ、なんである。


 肉食は、カメムシにとって比較的一般的な性質であるといえる。むしろはじめは肉食が主で、植物食が後から広がったとする系統発生学的研究もあるようだ。いずれにせよ現在も過半数の科で、カメムシは肉食性であるし、植物食者だとされる種が肉食をすることもある。且つ又植物食と肉食の区分けが不分明なものも中にはいたりする。
 具体的にグループ名を挙げると、水棲半翅類のほとんどは肉食性であるし、カメムシ最大の科であるカスミカメムシ類も多くはそうである。大型で顕著なサシガメ科、小型で農業害虫の駆除にも使用されるハナカメムシ科、典型的なカメムシ形なのに鋭いナイフを懐に隠したクチブトカメムシ科などなど。


 その中で、小〜中型で、地味ゆえにスポットの当たりにくいグループがある。今回登場するハラビロマキバサシガメが所属するマキバサシガメ科である。
 マキバサシガメ科Nabidaeは、和名がまた紛らわしいのであるが、長い間サシガメ科Reduviidaeと混同されてきた。実は科としての歴史は古く19世紀に遡るのではあるが、外見の類似はより強く見るものに訴えかけるものである。
 この両者の区別点についても、例外が多くて明確な答えを出すことは難しい。サシガメ科にある口吻を受ける形の前胸腹板の溝が、マキバサシガメ科にはない、と言っても多くの人には何のことやらである。
 そんな微妙な立ち位置のマキバサシガメ科であるが、英名はDamsel Bugs(乙女カメムシ)というちょっとかわいい名前がついている。中国語もこれに従って姫カメムシとしている。


 さて、そんな乙女なカメムシに腹が広いは失礼であるが、ハラビロマキバサシガメである。本種は北海道でもっとも一般的且大型でよく目立つマキバサシガメである。学名はHimacerus apterus (Fabricius, 1798)。
 大きさは1センチちょっと。ガの幼虫などを捕食するため、よく草本や樹木の葉上に定位しているのを見かける。札幌の近郊で言えば、円山の、動物園に続く木道に設置された木柵の上を見て歩けば容易に発見することが出来るだろう。豊平川の河川敷などでも、カワヤナギの葉やセイタカアワダチソウなどにいるのをよく見かける。
 写真でもわかるとおり、このマキバサシガメは、成虫になっても翅が短い(短翅型という)。ここでは触れないが、翅の長短が同種間でみられる翅多型性は、カメムシの興味深いトピックスの一つで、マキバサシガメ科では一般的な現象である。尚、ごく稀に翅の長いものも現れるというが、小生は未見である。

(撮影:2009年7月30日:円山)